2年休んだときの少し詳しい話
Added 2021-10-04 06:48:10 +0000 UTCさて、2年間制作を休み、完治させ活動を再開しました。少し詳しく書きます。
もともと前触れはあったのですが、ノリと勢いで無視していたところ、具体的に制作に支障が現れだしました。
そのタイミングで、アルバム『きくおミク6』のリリース、『愛して愛して愛して』を筆頭とした突然のバズ、そしてPatreonとFANBOXの支援がキッカケとなり、区切りをつけて休む時間が生まれました。
完治の肝はまさに、後遺症なく再起が可能であるタイミングで治療の時間が手に入った、というところです。
とはいえ、実際の診断が降りたのは治ってからです。
つまり、完全に治ってから初めて自分が病んでいたことに気付き、これは病気だったのかどうかを心療内科に行って問うて、最終的には適応障害あるいは軽度のうつ病という、予想の上での診断が降りた感じです。
ではどのように過ごしていたのかというと、カウンセリングに通い、生活を整え、読書をして、ひたすらに瞑想をして、ゴミ屋敷のような心の有り様をひとつひとつ丹念に整理していったという感じです。
直接の原因は、お仕事を通して人と関わること事態が大きなストレスとなってのことだと言われました。
元々ゲーム音楽を作りたくて始めた音楽活動でしたので、多くの人やメディアと関わって作品を作るのは夢であり憧れでした。どうやらまったく向いてないようで、人生思い通りにはいかないものですね。
で、まさか完治に2年もかかるとは思いませんでした。
制作については、頭の中にはずっと曲が鳴っているものの、その良し悪しや自分のこだわりがわからないので選択できず、手が進まない。といったような、一見よくあるスランプのような形で表出しました。思考経路を見失った結果お部屋や服装が真っ白になるという形で、愉快に表れもしました。
そして、生活上も多岐にわたる問題が発生していました。
いずれどこかのタイミングで発生したであろう問題ではあったので、治療のタイミングとしてはベストだったように思います。
「治ったと思います、これから作れると思います」ではなく「治りました、復帰作をアップしました」という形で区切りをつけたかったので、長らくお待たせする形になりました。
ありがとう。これからもよろしくね。